光源寺の観音像について、制作した仏師の遺族が同意なく像の頭をすげ替えられたということで、光源寺およびすげ替え用の仏頭部を制作した仏師に対して、元に戻すことや謝罪広告の掲載などを訴えた事件の控訴審判決がでました。
仏師は既に死亡しており、死者に人格権が認められないことから、著作権法は、著作者が存命であればその人格権の侵害となるべき行為があった場合には、遺族等が差止請求と名誉回復措置の請求ができるとしています(著作権法116条)。
控訴審判決は、著作者が存命であればその人格権の侵害となるべき行為があったことを認めつつ、差止請求を認めず、名誉回復措置としての謝罪広告の掲載を命ずるだけにとどめるという結論をとりました。原審である東京地裁判決は原状回復請求を認めていましたので、その点は大きな変更です。
なお、原告である遺族も共同著作者であるとして、固有の著作者人格権に基づく請求もしていましたが、事実認定として共同著作者ではないということで、この点については排斥されています。
原告は、制作者(R)の遺族として次のような請求をしています。
- 著作者であるRが存しなくなった後において、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権(著作権法20条及び113条6項所定の権利)の侵害となるべき行為を保護するため著作権法112条、115条を根拠とする本件観音像を公衆の観覧に供することの差止請求
- 著作権法112条、法115条を根拠とする適当な措置請求としての原状回復請求
- 著作権法115条を根拠とする名誉声望回復のための謝罪広告請求(訂正広告請求を含む。)を求める(法20条、113条6項、116条1項、60条)
なお、著作権法20条は、著作者人格権のうち同一性保持権を定めた条文、113条6項は「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす」との規定です。
被告らは
- 著作権法20条1項所定の「意に反する・・・改変」に該当しない
- 著作権法60条ただし書き所定の「意を害しないと認められる場合」に該当する
- 著作権法20条2項4号所定の「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ない・・・改変」に該当する
- 著作権法113条6項所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当しない
と反論していたようですが、裁判所はその主張を次のように否定しています。
「当裁判所は、被告光源寺による本件観音像の仏頭部のすげ替え行為は、著作者であるRが生存しているとしたならばその著作者人格権(同一性保持権、法20条)の侵害となるべき行為であり、法113条6項所定の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」に該当し、侵害とみなされるべき行為であり、法60条のただし書等により許される行為には当たらないと判断する。したがって,原告はRの遺族として、法116条1項に基づいて、法115条に規定するRの名誉声望を回復するための適当な措置等を求めることができると解される。」
日本の著作権法の著作者人格権は強すぎるとの指摘もよく行われており、「わが国著作権法は著作者人格権を強く保護しており、世界的に見ても最高水準にある」(中山信弘「著作権法」360頁)とされています。法律の定めからするとかなり厳格で、個人的にはもう少し柔軟な解釈をした方がいいのではとも思いますが、本判決も基本的に素直に条文に当てはめた判断をしているように思います。
例えば、「やむを得ない・・・改変」かどうかについて
「被告光源寺が、観音像の眼差しを半眼下向きとし、慈悲深い表情とすることが、信仰の対象としてふさわしいと判断したことが合理的であったとしても、そのような目的を実現するためには、観音像の仏頭をすげ替える方法のみならず,例えば,観音像全体を作り替える方法等も選択肢として考えられるところ、本件全証拠によっても、そのような代替方法と比較して、被告らが現実に選択した本件原観音像の仏頭部のすげ替え行為が、唯一の方法であって、やむを得ない方法であったとの点が、具体的に立証されているとまではいえない。」
として、やむ得ないかどうかは、唯一の手段であることを要求しておりかなり厳格に判断しています。
とすると侵害が認められる以上、原状回復措置(すげ替えたもとの仏頭を元に戻す)を認めるのが素直ですが、名誉の回復措置のみ認め(しかも事実経緯の説明のみ)、原状回復について本判決は認めませんでした。
「当裁判所は、すべての事情を総合考慮すると、法115条所定のRの名誉声望を回復するためには、被告らが、本件観音像の仏頭のすげ替えを行った事実経緯を説明するための広告措置を採ることをもって十分であり,法112条所定の予防等に必要な措置を命ずることは相当でないと判断するものである。」
名誉回復措置のみ認めた理由については
「本来、本件原観音像は、その性質上、被告光源寺が、信仰の対象とする目的で、Rに制作依頼したものであり、また、仏頭部のすげ替え行為は、その本来の目的に即した補修行為の一環であると評価することもできること、交換行為を実施した被告Yは、Rの下で、本件原観音像の制作に終始関与していた者であることなど、本件原観音像を制作した目的、仏頭を交換した動機、交換のための仏頭の制作者の経歴、仏像は信仰の対象となるものであること等を考慮するならば、本件において、原状回復措置を命ずることは、適当ではないというべきである。」
としています。結果的に侵害を認めつつ、回復措置のところでバランスをとっているようです。
著作物といっても様々であり、特定の目的のために委託して制作するタイプの著作物について、強い著作者人格権を認めることに個人的には違和感を持っており、上記判決の判断は一つのバランスの取り方として評価できるのではないかと考えます。
いずれにせよ、委託して著作物を制作してもらう場合には、契約上、著作者人格権の取扱いについてきちんと処理し、上記判決のような紛争を回避することが不可欠でしょう。