営業秘密をめぐる紛争、最近の傾向とその対応

最近の傾向

平成27年1月に営業秘密管理指針が全面改訂され、平成28年2月には、「秘密情報の保護ハンドブック」が公表されています。
また、不正競争防止法の平成27年改正により、その保護範囲の拡大、推定規定の追加等、営業秘密の保護の強化が図られています。

このように、国の政策として、営業秘密の保護強化が進められているわけですが、これが営業秘密(企業の機密情報・秘密情報)にまつわる紛争にどのような影響を与えているのでしょうか。
最近の事件報道等を見ると、次のような傾向が伺えます。

  • 秘密管理性要件の緩和
  • 刑事事件化する案件の増加
  • コンタミネーション(混入)リスクの顕在化

秘密管理性要件の緩和

営業秘密として認められるためには、三つの要件、秘密管理性、有用性、非公知性を満たす必要があります。このうち、秘密管理性については、従来の裁判例で厳格に判断される傾向にありました。また、警察などの捜査機関も従来の営業秘密管理指針にあげられているような対策を行っていないとなかなか、事件化しない傾向にありました。

これは、営業秘密を保護してもらおうとする立場からすると高いハードルとなっていました。このような点を緩和する観点から、平成27年の営業秘密管理指針の全面改訂では、各要件の最低基準を明確化する方向に編集方針が変更され、具体的な対策については、「秘密情報の保護ハンドブック」に委ねることにしたのです。もちろん、秘密管理性の要件について法律が改正されたわけではありませんし、営業秘密管理指針は裁判所を拘束するわけではありませんが、裁判例でも一時の非常に厳格な時代と比較すると高い秘密管理性を要求しないような傾向になっています(この点、営業秘密に関する判決例の動向については近藤岳「秘密管理性要件に関する裁判例研究 裁判例の「揺り戻し」について」(知的財産法政策学研究Vol.25)が参考になります)。

秘密管理性要件が緩和されるということは、民事訴訟の提起、刑事事件化が容易になることを意味します。報道レベルでは、特に刑事事件となる事案が増えています。

刑事事件化する案件の増加

もう一つの傾向は、告訴を通じて刑事事件となる案件が増えていることです。その背景には様々な要因があると思われます。

一つには、刑事罰導入当初は処罰範囲が狭く、刑事告訴したいと考えても、そもそも犯罪として成立しない場合が少なくなかったのですが、法改正を経て、刑事罰の対象範囲が拡大しているという事情があります(なお、平成27年改正で非親告罪化もされましたが、この影響については今後出てくるかもしれません)

もう一つの要因は、民事訴訟を見据えての証拠収集のためという側面があると思われます。民事訴訟では、基本的には侵害された側(営業秘密を侵害されたと主張する側)が、立証責任を負います。刑事事件となれば、捜査機関を通じて証拠が収集されることになるため、収集能力に格段の差があります。

また、刑事事件化した後、民事事件として訴訟提起される、といった経緯をたどっている案件もあります。もちろん、刑事事件となった段階で、示談交渉で民事的な解決がはかられる事件が多いとは思いますし、それをねらって刑事事件化することが通常でしょう。ただ、前述のように、刑事事件での証拠収集をねらってという側面もあるように思います。

コンタミネーション(混入リスク)の顕在化

これまでは、退職した社員との争いという案件、企業間の訴訟であっても、実質退職社員が設立した会社との争いが多かったのですが、最近は、もともとライバル企業であった企業への転職を通じた紛争が増えています。転職の際に、元の会社の営業秘密を転職先企業に持ち込むパターンです。もちろん、転職先企業と転職者が共謀して持ち込むというパターンもあると思いますが、転職先企業が認識しないままに、転職者によって持ち込まれるパターンもありそうです(その境界は微妙ですが)。

さらに、この営業秘密のコンタミネーション(混入)のリスクは、秘密管理性の要件緩和の流れの裏面です。比較的容易に秘密管理性が認められる、すなわち、営業秘密とされる情報の範囲が広がることになりますので、逆に転職先企業としては転職者が持ち込む情報について警戒をする必要があるのです。

今後の対応

では、このような傾向を受けて、企業としてはどのような対応をとるべきでしょうか。

  • 秘密管理性の要件を満たすための体制の構築
  • コンタミネーションへの対応を急ぐ

最近の傾向からするならば、まず、この二つにに焦点をあわせた対策が求められることになります。

秘密管理性の要件が緩和されているということは、秘密管理性をいい加減にしてよいという事ではありません。あくまでも、訴訟等の場面において、主張・立証が容易になったというだけのことなので、実際に漏えいしないようにするという対策は厳格にやっておく必要があるからです。ただ、実務的に管理を厳格にできない部署もあるため、そのような例外的な場合には、要件緩和にあわせた対策を取る、と言うように使い分けるべきで、例えば、研究・開発部門では厳格に、営業部門、かつ、非技術情報については、比較的緩やかに使い分けることが考えられます(実際には、事業内容、企業規模等によって異なります)。

コンタミネーション(混入)対応については、転職者の入社時に前職での秘密保持義務の内容を確認する、入社後において前職での営業秘密を使用しない等の誓約書を徴求するといった対応を全社的な対応として行っていく必要があります(不正競争防止法の罰則には両罰規定もありますので、転職者だけでなく、企業もあわせて処罰されることがあります)。さらに、対策としては、前職と無関係な職務に就かせるといったものも例としてありますが、この点については、あくまでも前職でのスキルがあるからこそ採用したのであって、現実的な対応とはいえません。前職での秘密保持義務の対象となる情報の特定とその情報による開発の回避を具体的に行っていく必要があるのです。また、訴えられる可能性を念頭に置いて、転職者が関与した開発について、独自の開発である、あるいは公開情報を元に開発したということを立証できるような情報の管理体制の構築も必要です。

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