知的財産権の基礎知識

知的財産権とは

知的財産権とは、知的創造活動について、その創作者に権利保護を与えるものとされていますが、知的財産を保護する法律といっても、その保護対象によって、対象となる法律が異なりますので、どの権利を取得すればどのようなことを保護してもらえるのかを理解しておくことが必要になってきます。

大きくは、知的創造物に対する保護を図っている法律と、営業上の標識を保護する法律とに分かれています。また、保護の方法についても、いわゆる知的財産「権」として独占的排他権を付与する場合(特許権、著作権、商標権等)と、損害賠償や差止による保護を図る場合(不正競争防止法による、商品形態、営業秘密等の保護)に分かれています。

なお、特許権、実用新案権、商標権、意匠権のグループは、産業財産権(工業所有権)と呼ばれます。いずれの権利も所管が特許庁になり、特許庁で登録されてはじめて権利として認められるという特徴があります(表1参照)。

表1
権利 適用法 保護対象 登録期間 保護期間
特許権 特許法 発明 特許庁 出願から20年
実用新案権 実用新案法 物品の形状等の考案 特許庁 出願日から10年
商標権 商標法 商標(商品やサービスに使用する文字・図形等) 特許庁 登録日から10年(更新可)
意匠権 意匠法 物品のデザイン 特許庁 登録日から20年
著作権 著作権法 著作物 文化庁他 原則、著作者が著作物を創作した時点から著作者の死後50年まで
営業秘密 不正競争防止法 営業秘密 登録制度なし 保護期間の観念なし。損害賠償請求の事項は民法に同じ

1 特許権

特許権については、その保護の対象は「発明」です。発明とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」で、ひらたく言えば、自然法則を利用した技術的なアイデアということになります。

(1) 特許とならないもの

まず、自然法則を利用しなければなりませから、数学の公式といったものや、ゲームのルールは自然法則を利用するものではないので、特許上の発明ではないということになります。この点で問題となったのがソフトウェア特許ですが、ソフトウェア特許についても一定の場合には、発明に該当し特許を受けることが可能で、実際にもソフトウェア関連特許は多数特許として登録されています。一時話題になったビジネスモデル特許ですが、純粋なビジネスモデルは自然法則を利用していないので原則として発明成立性がクリアできませんが、ソフトウェア特許として認められることは可能です。

(2) ソフトウェアの特殊性

なお、ソフトウェア(プログラム)については、特許権だけではなく著作権でも保護されますが、保護対象が異なります。特許権がどのように処理するのかというアイデアの部分を保護するのに対して、著作権が保護するのは、ソースコードとして表現されたもの(著作物)を保護します。例えば、同じ機能を有するソフトウェアを全く別のプログラム(ソースコード)で作った場合、特許侵害になる可能性がありますが、ソースコードが異なれば著作権侵害にはなりません。

(3) 特許として保護されるためには

そして、発明であれば当然特許されるわけではなく、次のような要件を満たす必要があります。

  1. 自然法則を利用した技術思想か
  2. 産業上利用できるか
  3. 出願前にその技術思想はなかったか(新規性)
  4. その技術分野のことを理解している人(当業者)が容易に発明をすることができたものでないか(進歩性)
  5. 他人よりも早く出願したか(先願主義)
  6. 公序良俗に違反していないか
  7. 明細書の記載は規定どおりか

5.の要件ですが、他の産業財産権も同じですが、同じ発明が出願された場合には、先に出願されたものを優先する先願主義をとっていますので、当然ながら発明した場合にはいち早く出願する必要があります。

また、主として問題となる要件が3.の新規性の要件と4.の進歩性の要件です。新規性については他者が同じ発明をしていたという場合だけでなく、自分が出願前にその発明を公表(商品説明のパンフレットへの掲載や学会での発表)していた場合も新規性を喪失しますので、出願前の発明関連情報の管理は非常に重要です。

特許権の保護期間は、出願から20年です。

2 実用新案権

実用新案制度については、保護の対象が「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」に限られ、例えば、携帯電話のアンテナの収納構造といったものが、実用新案制度の保護の対象になります。特許制度での保護の対象と異なる(例えば、方法は実用新案登録の対象とはなりません)ものの、その目的とするところは同じです。ただし、特許法の保護対象とは異なり、技術的思想の創作のうち高度のものであることを必要としません。

実用新案の出願があったときは、新規性、進歩性等の実体審査を行わず、登録を受けるために必要とされる一定の要件(基礎的要件といいます)を満たしていることのみを判断して権利付与を行うという、早期登録制度を採用していますので、特許の場合と比較して早期に登録されることが特徴です。

ただし、実体審査が省略されている関係で、実用新案技術評価書を提示して警告した後でなければ、その権利を行使することはできませんので、この点は他の産業財産権と異なるところです。
保護期間は、出願日から10年です。

3 商標権

商標というのは、商品やサービスの取引において、製造・販売業者やサービス提供事業者が、自らが提供する商品やサービスと、他の事業者が提供する同種の商品やサービスとを識別(区別)するために、自己の提供する商品やサービスで使用をする標識のことをいいます。

いわゆるブランド商品のロゴなどが商標の典型です。
なお、1.自己の商品・役務と、他人の商品・役務とを区別することができないもの、2.公益に反する商標、3.他人の商標と紛らわしい商標については、商標登録が認められませんので、出願の際には、このような要件をクリアしているかの判断、検討が必要です。

商標登録をした場合には、次のような効果が認められます。
まず、商標権が付与されると日本全国に効力が及びます。そして、登録時の指定商品又は指定役務について、登録商標を独占的に使用することができます。

なお、商品及び役務の区分は、類似商品・役務審査基準(特許庁)により、第1~45類に分かれています。例えば、商品区分の第1類は「工業用、科学用又は農業用の化学品」、役務区分の第35類は、「広告、事業の管理又は運営及び事務処理」といった区分であり、自己の商品、サービスに応じて指定区分を考えることになります。同じ商標であっても、指定区分が異なれば、商標権の効力が及ばないのが原則です(ただし、類似の問題あり)。

同じ商標について複数の指定区分を登録することが可能ですが、指定区分の数に応じて料金が高くなります。なお、法律用語で「役務」と出てきた場合には、サービスのことをさしています。

さらに、他の事業者が登録商標と同一又は類似の範囲内で登録商標の使用等を行うと権利侵害となり、侵害者に対して差止、損害賠償請求をすることが可能になります。

保護期間は、登録から10年間です。特許等の他の産業財産権と異なり、出願の時からではなく、登録の時点から算出されます。また、他の知的財産権では一定の保護期間がすぎれば誰でもが自由に使用できるようになる(パブリックドメイン)のと異なり、登録料を支払えば何度でも更新ができることも大きな特徴です。

4 意匠権

物品のデザインを保護するのが意匠法です。いわゆる工業デザインの保護を図るのが意匠権の役割で、具体的には椅子のデザインなどが保護されることになります。意匠法にいう意匠とは「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通して美感を起こさせるもの」です。

特許・実用新案法が自然法則を利用した技術的思想(技術的なアイデア)の創作を保護の対象としているのに対し、意匠法は、物品の外観の美感の面から創作を把握し、これを保護しようとする点で異なっています。平成18年の改正からは、携帯電話の操作画面等、画面デザインの保護も拡充されています。
主な要件は以下のとおりです。

  1. 意匠であること
  2. 意匠が工業上利用できるものであること
  3. その意匠がこれまでにない新規なものであること
  4. その意匠が容易に創作できたものでないこと

保護対象が意匠であることを除けば、意匠権が認められるための基本的な要件、考え方は特許の場合と同じです。

なお、デザインについては、著作権法でも保護されるのではないかと考える方もおられるかもしれませんが、応用美術等重なる部分も多少あるものの、意匠権は、工業デザインのような量産されるものを対象にし、著作権は、量産されない美術等を対象にしている点で保護対象が異なります。

保護期間は、平成19年4月1日以降の出願については、登録から20年です(改正により、保護期間が延長されています)。

5 著作権

著作権の保護対象は、著作物です。著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」をいいます。

(1) 要件

  1. 思想又は感情
  2. 創作的な
  3. 表現
  4. 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの

まず、「思想又は感情」でなければならないので、単なる事実やデータは著作物として保護されません。「創作的」な表現、すなわち創作者の個性が表れている必要があるのですが、一般イメージするような芸術的という意味での高い創作性が要求されている訳ではなく、スナップ写真であっても一般には写真の著作物として保護されると考えられています。

次の「表現」したものであるという要件は重要です。特許権のところで説明したように、プログラムの場合、あくまでも著作物として保護されるのは、ソースコード等の表現物に対してであって、プログラムのアルゴリズム等のアイデアについては著作権の保護対象ではないのです。すなわち、この要件は、アイデアは著作権の保護対象でないことを示しているのです。

「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」という要件は、工業製品等を除外するための要件で、意匠権のところでも触れたように、著作権と意匠権の棲み分けのための要件になっています。
具体的には、小説、音楽、美術、写真、映画、プログラム等が著作物としての保護を受けることができます。

(2) 産業財産権との違い

これまで説明してきた特許権等の産業財産権については、特許庁へ出願し、登録されないと権利として認められません。これに対して、著作権は、表現物ができた段階で上記要件を満たせば当該著作物は著作権による保護を受けられるようになります。

さらに、著作権は単一の権利で構成されているわけではなく、図2のように複製権、講習送信権、翻案権等の複数の権利で構成されています。

また、大きく著作財産権と人格権に分かれており、このうち著作者人格権については、著作権法上、譲渡が認められていませんので、契約処理の際には注意が必要です。また、著作権以外にも著作隣接権という歌手やレコード会社、放送事業者に認められている権利もあり、著作権の処理の際には、誰が権利を持っているのか、誰から許諾を得なければならないのかということに注意が必要になっています。
なお、著作権法では、権利制限規定という形で、許諾なしに著作物が利用できる場合が定められていますが、会社が事業上、すなわち営利目的で利用する場合に適用できる条項はそれほどなく、原則許諾が必要であると考えておいた方が無難でしょう。

保護期間は、著作者が自然人の場合は創作の時から、死後50年経過までになっています。団体名義の著作物の場合は、公表後50年、映画の著作物の場合は公表後70年など、起算点や保護期間が異なる場合もあるので、注意が必要です。

6 営業秘密

不正競争防止法の営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」(不正競争防止法2条4項)と定義されています。

会社の保有している情報が営業秘密として保護されるためには、

  1. 秘密管理性
  2. 有用性
  3. 非公知性
    の3つの要件が必要となります。

1.の秘密管理性の要件ですが、その情報を客観的に秘密として管理していると認識できる状態にあることが必要で、具体的には、情報にアクセスできる者を特定し、秘密であることが客観的に認識可能なことが必要です。営業秘密をめぐる裁判では、この要件が争点の中心となることが少なくありません。

2.の有用性ですが、情報が客観的に有用であることが必要とされていますが、有用性は潜在的なものでもよく、いわゆるネガティブ・インフォメーション(ある方法を試みてその方法が役立たないという失敗の知識・情報等)であっても有用性は認められます。他方、公序良俗に反する情報等、秘密として保護されることに正当な利益があるとはいえない情報は有用性を欠くとされています。

3.の非公知性については、当該情報が、保有者の管理下以外では一般に入手できないことが必要です。営業「秘密」ですので当然の要件です。

この「営業秘密」に該当するとどのようなメリットがあるのでしょうか。会社が秘密にしておきたい情報を保護する方法としては、秘密保持契約書を締結するという方法もよく用いられていますが、この「営業秘密」による保護には、次のような点で契約上の保護よりもメリットがあります。

  • 不正に情報を持ち出した者だけでなく、転得者に対しても請求可
  • 損害賠償だけでなく、差止請求も認められている
  • 損害額について推定規定等が設けられている
  • 一定の場合、刑事罰が科せられる

契約による保護は、あくまでも契約の相手方に対して違反した場合に損害賠償請求ができるに過ぎないのでが、不正競争防止法上の営業秘密の場合は、上記のような点について法律で特別な保護が与えられているのです。

営業秘密については、保護期間はなく、上記の3要件を満たす限りは、その保護が与えられます。ただし、損害賠償請求については民法に基づく請求のため、3年の時効にかかることになります。

先使用権

先使用権自体は、特許法に定められている制度ですが、営業秘密の保護とあわせて理解しておく方がよいため、ここで簡単に触れたいと思います。

先使用権とは、先願者の特許出願時以前から、独立して同一内容の発明を完成させ、さらに、その発明の実施である事業をし、あるいは、その実施事業の準備をしていた者(先使用権者)は、法律の定める一定の範囲で、先願者の特許権を無償で実施し、事業を継続できるとすることにより、先使用権者の保護を図る制度です。
営業秘密としてノウハウ(発明)を管理していたとしても、そのノウハウと同じ内容が特許として他の事業者にとられてしまうと、原則として特許権者からそのノウハウの実施を差し止められる可能性が出てきます。その場合でも、みずからそのノウハウを利用できる余地を認めているのが先使用権という制度なのです。

ただし、あくまでも他の事業者の特許出願前からそのノウハウ(発明)を実施していることが必要です。

また、実際上の問題としては、他の事業者の特許出願前に実施をしていたことを証明する証拠書類を確保しておく必要があります。